徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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「散桜色」訂正と昔の神呪寺の位置

 今さらながらですが、「散桜色」中の麁乱神所縁の場所を訂正しました。

 現在「散桜色」中で、空海サンが建立している寺院は、兵庫県西宮にある「鷲林寺」です。

 鷲林寺に纏わるお話に麁乱神の話がありまして、空海サンが武庫の地に観音霊場を造ろうと廣田社に参篭したところ、女神の夢告に「西の山に適した地あり」とあり、空海サンは西山に登ります。
 その頃西山を支配していたのは「ソランジン」という悪神で、鷲の姿になり空海サンの行く手を邪魔します。
 そこで、空海サンは傍らにあった桜の木に聖水を掛け加持をし、桜の木のなかにソランジンを封じます。
 その後再度女神が夢のなかに現れ、「ここぞ、観音の霊地」と告げたので、空海サンは桜の木から十一面観音を彫り、ソランジンである大鷲を祀った「鷲林寺」を造りました。


 ところで、「ソランジン」に纏わる話は「神呪寺」にもあります。
 都から逃れてきた淳和天皇妃・真井御前が武庫の地の西の山に美しくたなびく霊妙な雲を見、ここに寺院を造ろうと決意します。
 早速西山の頂上に登った真井御前は、五色に輝く雲・燐粉を撒き散らす大蛾・色とりどりに咲き乱れる花を見て、なんと不思議な場所だと感じます。
 そんな彼女の前に女神が現れ、「この山は摩尼峰という。ここは昔宝物を埋められた地。御仏を祀るのに相応しいであろう」と告げます。
 言われたとおり、真井御前は摩尼峰に寺院を築こうとしますが、面白くないのは西方の支配神「ソランジン」で、大鷲になって火を吐き建築中の御堂を焼いてしまいます。
 真井御前やお付の者は井戸から水を汲み上げ火を消そうとしますが中々果たせず困惑します。
 そのとき、突然に井戸から水が勢い良く噴出し水柱となって天を突き破り、雨雲を造り出して山に大雨を降らし鎮火させます。
 たくらみを破られたソランジンは一旦退却します。
 またいつソランジンがやって来るか解らない真井御前は、空海サンを呼び寄せて相談します。
 空海サンに、東の岩の上にソランジンを祀れ、といわれた真井御前は言われたとおりにしてソランジンを鎮めます。


 以上が甲山に纏わるソランジンの話ですが、わたしは鷲林寺と神呪寺両方の説を採りながら、自分のオリジナリティを加えて創作しました。

 上の文章を見てもらえれば解りますが、東の岩の上と西の峰を頭の中で混乱してしまったために、ずっと麁乱神所縁の場所を「東谷」と書いていました(汗)。
 それを、「西の峰」に修正しました。
 確かに、鷲林寺は神呪寺よりも西側にありますね(^_^;)。


 さて、これから建ちあがっていくであろう神呪寺ですが、真井御前が建立した頃の所在地がどこにあったのか解りません。
 鎌倉時代、源頼朝が再建した神呪寺の場所は、甲山森林公園の軽登山コースのなかにある「仏性ヶ原」周辺だという説があります。
 それから安土・桃山時代になって太閤検地があり、神呪寺の寺有地を没収され、神呪寺は現在の門戸厄神の近くの神呪寺に移転する事を余儀なくされました。
 江戸時代に寺住職がもとの仏性ヶ原に寺を戻す努力をされ、一時仏性ヶ原に戻りましたが、再度移転することになり、現在地に居を落ち着ける事になりました。
 
 現在神呪寺がある場所は、創建当初弁天堂があった場所だといいます。




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 神呪寺の変遷のことなどは、わたしが書く小説の分では書くことはないと思います。


 取りあえず、「麁乱神編」は終わりましたが、今後もまだまだ話は続いていきますので、これからもよろしくお願いします。
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