徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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汝、毒に侵されるなかれ

 わたしがおとついのブログで散文として書いたものが、精神分析医の手によって書かれていました。


平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学
(1996/12)
M.スコット ペック

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「あなたを傷つける人」の心理 きずな喪失症候群 (PHP文庫)「あなたを傷つける人」の心理 きずな喪失症候群 (PHP文庫)
(2005/10/03)
加藤 諦三

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 二つの本にある「邪悪な人」と「きずな喪失症候群の人」は同種の人です。

 「平気でうそをつく人たち」のM・スコット・ペックは、「邪悪な人」をこう定義しています。


 わたしが邪悪と呼んでいる人たちの特徴的な行動をあげられるのが、他人をスケープゴートにする、つまり、他人に罪の転嫁をすることである。自分は非難の対象外だと考えている彼らは、だれであろうと自分に近づいてくる人間を激しく攻撃する。 彼らは、完全性という自己像を守るために、他人を犠牲にするのである。

 このように、自己嫌悪の欠如、自分自身にたいする不快感の欠如が、私が邪悪と呼んでいるもの、すなわちスケープゴートにする行動の中核的罪であると考えられるが、だとするならば、その原因は何であろうか。私の見るところでは、その原因が良心の欠如にあるとは考えられない。
 
 完全性という自己像を守ることに執心する彼らは、道徳的清廉性という外見を維持しようと絶えず努める。彼らがこころをわずらわせることはまさにこれである。彼らは社会的規範というものにたいして、また、他人が自分をどう思うかについては、鋭い感覚を持っている。彼らの身なりはきちんとしており、時間どおりに仕事をこなし、税金を払い、外向けには非のうちどころのない生活を彼らは送っている。

 彼らが善人たらんとする動機はないように思われるが、しかし、善人であるかのように見られることを強烈に望んでいるのである。彼らにとって「善」とは、まったくの見せかけのレベルにとどまっている。これはとりもなおさず虚偽であり、私が彼らを「虚偽の人々」と呼ぶゆえんもここにある。

 虚偽とは、実際には、他人をあざむくよりも自分自身をあざむくことである。彼らは、自己批判や自責の念といったものに耐えることができないし、また、耐えようともしない。彼らは慎み深さをもって暮らしているが、その慎み深さは、自分自身を正しい者として映すための鏡として維持されているものである。

 しかし、もし彼らに善悪の感覚がなければ、自己欺まんというものも必要ないはずである。われわれがうそをつくのは、正しくないと自分で気づいている何ごとかを隠すためにほかならない。うそをつくという行為の前に、なんらかの良心が基本的なかたちで介在するのである。

 邪悪性の基本的要素となっているのは、罪悪や不完全性にたいする意識の欠如ではなく、そうした意識に耐えようとしないことである。

 彼らは、自分の邪悪性を自覚していると同時に、そうした意識から逃れようと必死の努力をする。
 精神病質者のように心楽しく道徳意識を欠いているのではなく、彼ら特有の良心の陰にある自分の邪悪性の証拠となるものを消し去ることに、絶えず専念しているのである。

 われわれが邪悪になるのは、自分自身にたいして隠しごとをすることによってである。
 邪悪性とは罪の意識の欠如から生じるものではなく、罪の意識から逃れようとする気持ちから生じるものである。

 邪悪な人たちの中核的欠陥が良心の欠如でないとするならば、ほかにあげられるものは何だろうか。
 私の考えるところでは、人間の悪の心理学的問題の中核を成しているのが、ある種のナルシシズムである。

 悪性のナルシシズムの特徴としてあげられるのが、屈服することのない意志である。
 精神の健全な大人であれば、自分より高いものになんらかのかたちで屈服するものである。健全な大人であれば、自分が真実であってほしいと望んでいるものではなく、真実であるものを信じる。自分の愛する者が必要としているものが、自分の満足よりも重要だと考える。
 要するに、精神の健全な人は、程度の差こそあれ、自分自身の良心の要求するものに従うものである。
 ところが、邪悪な人たちはそうしない。自分の罪悪感と自分の意志とが衝突したときには、敗退するのが罪悪感であり、勝ちを占めるのが自分の意志である。
 
 邪悪な人間というのは、自分の意志を抑えることが不可能なまでに強力な意志を持って生まれてきた人たちでではないかとも思われる。
 「偉大な」人たち――その偉大さが善に向けられていようと、悪に向けられていようと――を特徴づけているものは、その極めて強力な意志だと私は考えている。
 キリストの意志はその父である神の意志であるが、ヒトラーの意志は彼の意志である。その最も大きな違いは、「喜んで従おうとする意志と、我を通そうとする意志」の違いである。
 服従を拒否する意志、我を通そうとする意志が、悪性のナルシシズムの特徴となっているものである。

 「転落の前にうぬぼれあり」とはよく言われることであるが、いうまでもなく、一般の人がうぬぼれと呼んでいるものは、しゃれた精神医学用語でいう「悪性のナルシシズム」のことである。

 ここで問題にしていることは、われわれが本来的に持っている罪や不完全性を非現実的に否定しようとするある種の誇り――つまり、自身の欠点を日々証明するものが暗に示している判定を否定し、これを攻撃さえしようという衝動に人を駆り立てる、ある種の尊大なプライドまたは傲慢さである。

 邪悪な人間が選ぶ見せかけの態度に最も共通して見られるのが、愛を装うことである。これは、それとまったく正反対のものを隠そうとするものである以上、当然のことである。



 書き写しながら、けっこう「ぎくっ! ずきっ!」と良心が痛みました(爆)。

 これらの本は、自分が遭ってきた事を客観的に見るために読もうと、マーケットプレイスで注文したのですが、前に書いた散文は本が届く前に書いたものでした。
 自分が思ったことを、いみじくも精神分析のプロが書いていたのだから、何というか……という感じです(汗)。そう思えるだけの目にあった、ということですか……(泣)。

 くれぐれも、上手い言葉と優しそうな外見には騙されるなよ~~! ってことです(爆)。

 何にしても、文章とかで結構ボロが出ています。そこを読み取っていくのが、相手の人間性を知る手がかりだと思います。

 他人に照らし合わせて読んでいましたが、実は自分もそうかもしれないという落とし穴がある怖い本です。
 よく考えれば、自分もそうかもなぁ……と思わないでもないし(色々振り返ってみたら、自分の悪魔ちっくな面もちょっと解った。汗)。
 で、わたしの「邪悪」は、「幼稚さ」「怠惰」「甘え」「勇気のなさ」と自覚しています(もっと現実に向き合えよ~~と思いつつ、怖くて社会に出て行けない。泣)。

 でも! 気づかないことに比べたら、自分の不完全さ、自分という個の小ささに・欠点に気づいているだけ、救われるというもんです。自分の欠点に気づいている分、なおすことができますし。
 自分の欠点・傲慢さを指摘され相手を非難轟々する人は、自分の本当の立場が解りませんし。



 M・スコット・ペックに「邪悪」と定義付けられた人ですが、わたしは一方的に「邪悪」とは言えないんじゃないかなぁ、と思います。

 この「邪悪」に当て嵌まる特徴を持つ人格の歪みが、

 ・境界性人格障害
 ・反社会性人格障害(=サイコパス)
 ・自己愛性人格障害
 ・(上のすべてを総括して)アダルトチルドレン

 になるのだと思うのですが、この特徴に当て嵌まる人たちは「機能不全家族」によって育てられた、ある意味不幸な人だと思うんです。
 そりゃ、彼らから搾取されまくった側からしたら、痛くてしんどくて苦しくて、「恨みつらみも幾千万」という感じですが、彼らが人格を歪まされた過程は悲惨だと思うんです(でも、痛い目に合わされたなら怒っていいし恨んでいいと思うけど。)。
 アルコール中毒・仕事中毒の親を持って、暴力的虐待や精神的虐待、性的虐待を受けたり、ネグレクトに近いことをされたら、当然性格も歪みますよ。
 そして、異常に過保護に育てられたとしても同じです。子供は親の所有物じゃないんだから。

 戦後、日本を復興させるために、村・地域単位のコミュニティが崩壊し、核家族しました。その上高度経済成長のために、他国から「エコノミック・アニマル」と揶揄されるほど大人は仕事中毒になりました。
 そういう状態だと、公害もそうだけれど、程度の差はあれ「機能不全家族」が溢れかえったのではないかなぁ、と思います(だから、鍵っ子なんて状況が生まれる)。
 昔は親が側に居なくても、村・地域単位で大人の女性が子供の面倒を見てくれたり、祖父母と同居していて子供が寂しさを味わうことはありませんでした。
 現在、皆が何かに欠けていると自分に不安を感じ、癒しを求めるのも、そういうところの原因があるのではないか、と思います。
 だから、ポジティブ思考やスピリチュアルに縋りついたり、ヒーラーのもとに駆け込んで、安易な癒しを求めようとするのだと思います(人格障害など深刻な場合は、ヒーラーでも治せないだろうけれど)。

 人格障害者は罪悪感なく人から搾取し、遠慮なく人の魂を殺戮したりしますが、もともと罪悪感というものを感じるほどの情緒を、養育するものから削り取られてしまったかもしれません。
 アダルトチルドレンは感情を抹殺され、親の操り人形にされますし、感情を封印したまま、何を感じたらいいか解らないくらい追い込まれているのかもしれません。


 そういう意味でも、「怒り」「憎しみ」「哀しみ」「恨み」「嫉妬」というネガティブな感情を無理矢理リリースするのは止めておいたほうがいい、と散文に書いたんです。
 リリースしたつもりでも、そのことに納得していなかったら、どこかに残るものです。
 「怒り」「憎しみ」「哀しみ」「恨み」「嫉妬」――「情緒」は、回復するために得る正常なこころの動きなんです。
 怒り、叫んで、泣き喚いて、(人や動物以外の)壊せる物があるなら壊して、感情を全部出してしまったらいいと思うのです。
 感情を止めることなく出し尽くしたら、なんでそんな感情を味わったのか客観的に分析する、そうしたらもう二度と同じような人間関係の失敗は繰り返さないですし。

 「情緒」を感じない、というのはある意味嘘をついているのと同じです。または、情緒が鈍磨しているといえます。それは、不健康です。
 「自分に嘘をついている」という時点で、闇に飲み込まれたのと一緒です。
 (で、自分で「アセンションした」「ライトボディになった」という人に限って、人のこころの痛みに無関心で、M・スコット・ペックの謂うところの「邪悪な人」の特徴が見受けられるし……。
 もっと悪いのは、「虚偽・偽善」ともいうべきことを「善なる事」として行って、無意識に人を傷つけがち。泣)


 感情を奪われ、自分で考える能力も潰されたら、「洗脳」されますよ。
 そうしたら、自分の人生を生きられなくなります。
 自分である「個」を失い「傀儡人形」になるか、「教祖」として上り詰めるしか道が無くなります。
 それが、本当の意味で「豊かな人生」といえるのでしょうか?

 スピリチュアルの「エゴ(情緒)のリリース」「ノンジャッジメント」は、人間から牙を抜くためのものです。
 牙を抜かれたら戦う術をなくし、唯々諾々と見せかけの善(つまり虚偽)に取り込まれていくだけになります。
 他者の暗示に掛かりやすいようになり、自分自身で掛けている「自己洗脳」をさも本当のことのように思うようになります。
 つまり、自分を厳しい目で分析する事、自分で内観することさえ出来なくなります。これは怖いことです。

  「こころの痛み・叫び」から目を反らさず、人の本質を見抜いて(ジャッジメントして)生きていくのがいいと思います。


 わたしは、なんだかんだいってマインドコントロールから抜け出ることが出来ました。
 そして、スピリチュアルに嵌る事により痛い目にあって、「人間を見抜く目」を少しは持つことが出来たかもしれません。
 それは、辛く苦しいことだったけれど、わたしにとっては間違いなく「人生の糧」なんだと思います。


 何事も人生に無駄はないんだから、こころに負った傷も、自分を苦しめた人生経験も、「人を見抜く」ため生かしたいと思います。
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  • posted by  
  •  
  • 2008.05/03 05:36分 
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>匿名さん

え~~と……(汗)。
わたしの抜粋だけでは、理解できないと思いますよ。

「平気でうそをつく人たち」には実例がたくさん載っているので、それを読んで判断してください(ちなみに、男性の例もあります)。

実例に出てくる「邪悪な人」は、かなりおぞましい&人間性が怖いです(次男の誕生日プレゼントに、「護身用に&金がないから」と長男が自殺に使用した銃を渡す両親とか)。

で、それを踏まえてペック氏は抜粋の文を書かれています(硬い論文調で読みにくいけど)。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2008.05/04 00:11分 
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  •  
  • 2008.05/04 01:11分 
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ペック氏によれば、この例(だけでなく、全部そうらしいけど)の親は、意識して子を殺そうとしているわけでなく、無意識で人を傷つける行動をやってしまっているらしいです。

>子殺しをする親の心理

わたしは専門家ではないので、なんとも言えないんですが……。
あえていえば、大人になりきれていない未熟な自我、社会倫理の欠如、だと思うんですが
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2008.05/04 08:35分 
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