徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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「満開・死へのカウントダウン」――桜と喪失の10題より

 寿永四年(1185年)、春。

 我ら平氏が本陣を置く屋島が、源九郎義経の奇襲・火攻めにあった。
 辛うじて逃げ延びた平家一門は、わたしの知行国である長門国彦島にほうほうの体で到着した。
 彦島の福浦に帝の仮御所を設け、我らは一時の休息に入った。



「知盛殿、帝の御所によい場所を見つけてくれましたね」

 母御前・二位尼時子はわたしに手招きすると、咲き誇っている桜の大木を指し示した。

「女院や女房殿の無聊をお慰めすればよいと思いまして、この場所を選びました」

 にこやかに答えるが、真意は別にある。
 福浦は彦島の要衝である港で、速やかに戦に出られるようここに決めたのだ。
 源氏の頭領・源頼朝や後白河院が我ら平氏追討の手を緩めるはずがなく、いくばくもせず戦いが始まるだろう。
 領国・周防国は既に源範頼の軍勢に押さえられており、すでに西国での逃げ場はなかった。
 九郎義経は天才的な戦上手。――次に刄を交えるときは、平家の最期となるだろう。
 平家の頭領である兄・宗盛は頼りなく、いざとなればわたしが平家を統率せねばならない。――例えそれが死への道でも、わたしが導かねばならない。
 母上も既に覚悟されているのか、悲観的な状況にあって静かな佇まいだ。
 都落ちに付いてきた女房たちは、いつ現われるかしれない源氏に怯えて暮らしている。
 そのなかでただ一人、弟・重衡の妻である大納言佐局は母と同じく死を見据えている。
 一ノ谷で捕らえられた弟の運命は尽きたといってよい。南都を焼き尽くした仏敵である弟を、南都の僧徒たちが許すはずもない。
 それを察している大納言佐局は、弟と運命を供にするつもりなのだろう。
 妹で帝の母君ある建礼門院徳子は、澪のように静かなのだが、その様子は母や大納言佐とは違い、感情というものが見えない。
 生来感情の起伏が少ない妹なので、別段不思議ではない。妹は御所の奥深く、御簾の陰で帝と日々を過ごしている。
 女房どもが狼狽するのは無理もないが、総大将である兄・宗盛まで不安にかられているのが、苦笑の種であった。
 母上は鈍色の袖を揺らし、わたしに言った。

「今はただ一時の静穏。この世の美しさを存分に楽しみましょう」

 母上のお言葉には、様々な感慨が籠められている。 この世の栄華はすでに終わった。あとは滅びの道のみ。この儚い世の美しさを冥道の土産にしようとされているのだ。
 その気持ちはわたしも同じ。満開に咲く桜を魂に焼き付け、この世の幕引きをしよう。



 夜、桜の周りに篝火を焚かせ、わたしは共に都落ちしてきた妻・明子とともに酒を酌み交わしていた。

「殿、この世は面白うございました」

 酒を少しずつ干しながら、妻が語る。

「華やかな平家の公達を夫に迎えることになったと父に言われ、胸ときめかせましたが、おいでになったのは地味であまりお目立ちでないあなた様でしたもの」
「おや、それはすまなかったな」

 笑って言うわたしに、妻は微笑んで首を振る。

「いえいえ、どこか浮き世離れされた方の多い平家の公達のなかでも、堅実なあなた様が夫となられ、わたくしはほっとしておりましたのよ。
 あなた様は本当にわたくしの身の丈に合った旦那さまです」
「そうか……。だが一ノ谷の戦では悲しい思いをさせてしまったな」

 わたしの言葉に、妻は一瞬悲しげな表情を浮かべる。
 一ノ谷の戦で、わたし達は息子・知章を失った。妻は今も悲しみが尽きぬだろう。
 が、妻は悲しい眼は変わらぬが、気丈にも首を横に振った。

「いいのです。わたくし達もすぐにあの子のもとにまいりますもの。
 それに、わたくし達には都に残してきた伊賀大夫がおります。
 あの子がわたくし達の分まで生き長らえてくれるのなら、これほど幸いなことはありません」
「そうか、それもそうだな。
 ……明子、わたし達の子を残してくれて、ありがとう」

 わたしの一言に、妻は頬を真っ赤に染めた。
 たとえ平家一門の命運が尽きようとも、残った子供達が血脈を繋いでくれる。だから、我らは安心して死んでいける。
 わたしが安堵の吐息をしたとき、柱の陰から咳払いが聞こえてきた。

「いつまでも新婚のようなことを言ってるなよ。こっちが恥ずかしくなる」

 見ると、従弟である能登守・教経が柱にもたれ腕組みしていた。
 平家一門のなかでは武闘派で名を鳴らし、九郎義経に果敢に刄を向ける度胸を持つ頼もしい男だ。

「あ、すぐに酒を持ってまいります」

 そそくさと立ち上がった妻と入れ替わる形で、教経はわたしの隣に座った。
 低い声で囁かれた言葉に、わたしは瞠目する。

「九郎義経が周防にいる蒲冠者範頼に合流した。
 三月二十四日に開戦ということだ」

 わたしは頷き、唾を飲み込む。

「そうか、いよいよ……」

 にやりとほほ笑み、教経は腕を鳴らした。

「最期の大舞台だ。派手に暴れてやる」

 彼の言葉に、わたしはぽかんとする。
 平家一門の軍勢は疲れ果てており、もう逃げる場所もない。すでに道を閉ざされている。
 まだ生きるすべがあるならまだしも、運命が決まっているというのに、教経はまだ暴れたいらしい。

「いや、命運は決まったのだから、あらがわず粛々と従ったほうがいいのでは」

 わたしの狼狽えた言葉に、教経はにかっと歯を見せた。

「源氏に一泡吹かせずおとなしく死ぬのは、主義に反するのでな」

 元気よく言い切る教経に、わたしは息を吐いた。
 教経も一ノ谷で兄・通盛殿を亡くすという悲劇に見舞われている。だというのに、いつも殊更目一杯振る舞い、臆することがない。
 ある意味虚勢を張っているのかもしれぬが、平家一門は彼の勇気に力付けられている部分もあった。
 わたしは笑い、言う。

「引き際を見誤らず、程々に暴れるのなら、構わないだろう」

 わたしの言葉に、教経は満面の笑みを浮かべた。


 妻が追加の酒と杯を持ってきたので、わたしたちは朝まで酒を飲み続けた。



 ――桜よ、憶えていろ。
 儚く消えていった一族があったことを。
 この世の無常を、おまえが語り継いでいくがいい。


 我らは潔くこの世に別れを告げよう――。





――了――






せっかくお題をひとつ埋められたと思ったのに、設定ミスでぽしゃってしまったので、発奮して新たに書きました。

前の小説と同じく、題材は平家物語、主人公は平知盛です。
今度こそ壇ノ浦の戦いの寸前のお話です(あー疲れた;)。
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