徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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花びら降る降る(1)

 ――平家にとって生きにくい世になりました、わたしも時を置かず亡き人の内に入るでしょう。
 幾年も親しんだ仲ですから、わたしが死んだのちは、あなたが後世を弔ってください。


 都を落ちられる前に固く仰られた平資盛さまのお言葉。
 あの方が儚くなられて何年も経つが、北の方でなかったわたくしは、人の目もあったため、あの方のおあとを追って死ぬこともできず、また出家することもできない。
 ただ、資盛さまの悲願どおり、あの方の御霊が浮かばれるよう、年毎の供養を欠かさず行っている。
 そして、あの方への尽きせぬ愛惜を、歌に書き散らすことに日々を送っている。


 資盛さまの領地だった北山の苑が、わたくしと縁続きの聖のものになっていた。
 あの方がご存命の頃は、桜や秋草の盛りの時期に、ふたりで花見に訪れていた。
 資盛さま亡き今、わたくしは苑にひとり忍んで参り、ふたりで愛した花々とともに、あの方を偲んでいる。



 今年も物憂き時期――春がやってきた。
 春は資盛さまが西国の海の藻屑と消えられた悲しい季節。今でもあの日を思い出すと、濃く強い悲哀が込み上げてくる。
 わたくしはあの方の命日にあわせ、供養の支度に昼夜を費やす。
 ある日、乳母の萩女が、写経に勤しむわたくしのもとに、遠慮がちに顔を出した。

「姫さま、北山の聖さまのお使いが参りまして、桜が見頃だと言っております」
「まぁ、本当に?」

 わたくしは筆を止め、乳母に向き直った。
 資盛さまがお亡くなりになり、手入れする者がなくなった苑は、聖のものとなってから、荒れるに任せた状態だった。
 悲しい年の秋に忍びで苑に参ったわたくしは、資盛さまが愛した地の荒みように哀しくなった。またありありと甦ってくるあの方のお姿に、涙が止まらなくなった。
 わたくしがあの方の想い者だったことを知った聖は、僅かながらも苑の手入れに気を遣ってくれるようになっている。
 そしてわたくしは、花々を見られなくなったあの方の分まで、毎年花を見に出かけていた。

「今年も参りますと、聖にお伝えするよう、使いに言付けなさい」

 乳母が立ち去ったあと、わたくしは再び経典を料紙に写し取りだした。







 能書家である世尊寺伊行と、石清水八幡宮の楽人である大神基政の娘・夕霧の間に生まれたわたくしは、端正な書蹟と巧みな箏の腕前を以て、中宮であられた建礼門院徳子さまにお仕えした。
 中宮さまは平相国清盛さまの姫君であり、わたくしの愛しい御方・資盛さまの叔母上にあたられる。
 当時中宮さまのもとで才媛と評判だったわたくしは、中宮さまの御殿であった藤壺にて、公達との間を取り次いでいた。
 そのなかには言い寄られる方も多かったが、わたくしは他の女房達のような軽々しい行いをすまいと肝に銘じていた。
 が、わたくしは逃れられぬ契りがあるのだと、後々思い知らされることになる。



 一年前、二位の中将であられた近衛基通さまが、平家の公達と連れ立って、白川殿の桜の花見に参られた。
 その翌日、平家の公達方は門院さまに桜の花枝を差し入れしに藤壺に参上なされた。――その中に、資盛さまもいらっしゃった。
 桜の受け取り役をわたくしがつとめ、中宮さまの御代わりに御礼の歌をしたためた。

 さそわれぬうさも忘れて一枝の 花にぞめづる雲の上人
(お花見に誘っていただけなかった憂さも忘れ、中宮に侍する方々も一枝の花を愛でております)

 わたくしの歌に、公達方から御返歌があった。ひとつは中宮さまの妹婿でいらっしゃる冷泉隆房さまからで、もうひとつは資盛さまからだった。
 隆房さまからのお歌は社交辞令だったが、資盛さまのお歌は様子が違った。

 もろともに尋ねてもみよ一枝の 花に心のげにもうつらば
(本当にこの花に心惹かれるのでしたら、今度一緒に花を見に参ろうではありませんか)

 まるで自らを花に例えるような挑戦的な御歌に、わたくしは意表を突かれた。
 資盛さまは兄君であらせられる維盛さまと似た容貌でいらっしゃる。
 維盛さまは桜の花に準えられるほど、優しい美しさを持った公達でいらっしゃった。――ゆえに、資盛さまも優美な姿を有していらっしゃった。
 煩わしいことと思ったわたくしは、よくある誘惑の歌として、資盛さまの御歌を戯れと心に留めおかないことにした。


 その頃のわたくしには、執拗に言い寄る御方がいらっしゃった。藤原隆信さまである。
 隆信さまは母・夕霧が父と結ばれる前に通わせておられた御方・藤原俊成卿の養い子で、似絵の名手でいらっしゃる。
 この御方は数多の女人と浮き名を流されており、色好みの遊び男であられた。
 わたくしに興味をもたれた隆信さまは、行き会った場所で何気ない風に御歌を寄越された。
 はじめの折は、隆信さまの軽妙で洒脱な歌い口にわたくしも楽しくなり、気を持たせる形で歌のやり取りをしていたが、それがまずかった。
 相手は余人より色好む御方なのである。隆信さまは巧みな誘導で、わたくしを絡めとり翻弄なされた。


 が、追い詰められる形で隆信さまに折れかけていたとき、資盛さまとの関わりが深くなった。
 資盛さまが母・夕霧に箏の教えを請いたいと願われたのである。



 わたくしは宿下がりの折、時々資盛さまとお会いするようになった。
 資盛さまは既に箏の巧みであらせられる妙音院師長卿から教えを受けておられ、母に習わずとも充分な箏の腕をお持ちでいらっしゃった。
 それでも母に学びたいと真摯に向かわれる資盛さまに、わたくしは次第に興味引かれるようになった。
 たまに資盛さまと連れ弾きさせていただくようになり、直接向かい合う機会が多くなった。

「資盛さま、お見事にございます」

 一曲弾き終えられた資盛さまに、わたくしはこころからの賛辞を送る。
 資盛さまははにかんだ笑みを浮かべて仰った。

「右京殿に誉められると、素直に嬉しいです」

 わたくしより年若い資盛さまの笑顔に、何故か胸が疼く。

 ――わたくしは弟のように資盛さまを見ているにすぎない、絶対に。

 そう己に言い聞かせるが、やはり気持ちが落ち着かない。
 そんなわたくしに、一瞬間を置いて資盛さまが切り出される。

「……右京殿、次の宿下がりの折、一緒に春の花を見に行きませんか」

 瞬時、時が止まる。
 これは、外に遊びにゆくお誘い……?
 わたくしはどう答えたらよいか分からなかった。
 資盛さまが口を開かれる。

「いえ、嫌なら構わないのです。右京殿のおこころ次第ですので」
「あ……」

 苦笑いといえるほほ笑みを浮かべられる資盛さまに、わたくしは釣られるように答えてしまった。

「……ご一緒させていただきますわ」
「本当ですか!?」

 資盛さまのお顔が明るく輝く。
 わたくしは少しく複雑な想いに捉われながら、この選択はよかったものかと惑っていた。


 資盛さまとお話したときから日を置かず、わたくしは宿下がりした。
 すると、見計らったように資盛さまが車を仕立て、わたくしの家に訪れられた。
 資盛さまに手を引かれるままに車に乗り込んだわたくしは、思ったより狭い車中で資盛さまと身を寄せあうように座り込んだ。

「……どこに参られるのですか?」

 こころ覚束なく問うわたくしに、資盛さまは柔らかく微笑まれる。
 密着している、若い殿方の身体。衣を隔て硬く引き締まった感触が伝わってくる。――きっと同じように、わたくしの身体もこの方に伝わっているに違いない。
 そう思うとたまらなく恥ずかしく、また胸が忙しなく弾んで仕方がない。
 車に乗り込んでから、随分と時間が経ったような気がする。こころなしか、ひんやりしてきているようだ。
 やがて車が停まり、従者の手により簾が捲り上げられた。

「着きましたよ」

 先に車から降りられた資盛さまのあとを追うように身を乗り出したわたくしの身体を、資盛さまは抱え上げられた。

「な、なにをなさいます?!」

 資盛さまは驚き慌てるわたくしに、涼しいお顔をしてお答えになられる。

「小松家の北山の別荘です。このままご案内しましょう」

 わたくしは目を見開く。
 ここは小松家の別荘――つまり、資盛さまのお父上・小松大臣平重盛卿のご領地なのだ。
 重盛卿は相国清盛さまのご長男で、平家のなかで重きをなしておられる御方である。
 その小松家の別荘に、うかうかと連れ込まれてしまった。どんなことになっても、わたくしに逃げ場はない。
 なんと迂闊なことかと後悔したが、もう遅かった。――覚悟を決めるしかない。

「ひとりで歩けますから、降ろしてくださいませ」

 困惑して言うが、資盛さまは聞いてくださらなかった。

「そう仰らずに、このわたしにすべて任せてください」

 すべて任せてください――この言葉に、どれだけの意味が込められていることか。わたくしは羞恥のあまり消えたくなった。
 力強い殿方に抱き上げられたまま、わたくしは渡廊を進みゆく。途中、小松家に御仕えする者達が手を着いて低頭していた。
 この者達も、きっとわたくしがどうなるか知っているのだろう。そう思うと、面を隠す檜扇が震える。
 資盛さまは寝殿に入られ、広廂にわたくしを降ろされる。へなへなと座り込み、わたくしは開け広げられた外を見た。

「……まぁ、なんと素晴らしい……」

 池の周りに見目よく配置された岩々と枝ぶりのよい松、そして鮮やかに咲く春の花々が麗しい。
 とくに美しいのは、桃や木蓮、そして桜などの花々だった。

「先年、もろともに尋ねてもみよと申しましたでしょう?
 約束どおり、お連れしましたよ」

 資盛さまが手を取り、わたくしを立たせられる。
 わたくしは決して世間の人のような恋愛はすまいと思い、あの日の資盛さまの御歌を記憶から打ち捨てていた。
 が、資盛さまは本当に御歌を実現しようとこころに決めていらっしゃったのだ。
 背に廻された殿方の腕に、わたくしは逃れられぬと悟る。

「右京殿、わたしの真心を解っていただけたのでしょう?
 だから、今日わたしと共に来てくださったのだ」
「……えぇ」

 まさかこころの油断から参りましたとも申せず、また己のこころをも見定められぬわたくしは、曖昧にしか答えられない。

「……右京殿、わたしは一目あなたを見た日から、いつかあなたに通う男となりたいと思っていたのです。
 後宮随一の才媛で、箏の名手であるあなたに憧れていました。
 少しでもあなたに近付ければと、あなたの母上である夕霧殿から箏を習い始めたのです」

 やはりそうだったのか……ここにお連れになると話されたときからそう思っていたが、違わなかった。
 薄々気付きながらも付いてきてしまったわたくしは、愚かなのだろうか?
 ――そんなこと、もうどうでもよい。来てしまったものは仕方がないのだから。ただ成り行きに任せるしかない。
 わたくしの前に回り込まれた資盛さまは、わたくしの身体を狩衣の袖ですっぽりと包み込まれる。
 そして、低く熱の籠もったお声で耳元に囁かれた。

「……今、わたしの願いが叶うと思ってよいのですか?」

 暫時、わたくしのなかにためらいがあった。
 が、静かに頷くと、資盛さまはわたくしを強く抱き締められ、情熱的に唇を重ねられる。


 脱がされた袿のなかに埋もれるように倒されたわたくしは、年下の殿方の強い膂力の下で、こうはなるまいと誓っていた常なる女子と同じになった。
 こうしてわたくしは逃れられぬ物思いに捕われるようになったのである。



つづく
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