徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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花びら降る降る(2)

 桜の盛りの日、わたくしは小松家の別荘で資盛さまと枕を交わした。以来わたくしは資盛さまのお通いをお待ちする身になった。
 資盛さまは変わらず、母・夕霧から真摯に箏の教授を受けていらっしゃる。
 が、それは建前で、この方の目的がわたくしにあることは、すでに家の者に知られてしまっている。
 殿方の逞しい腕に抱かれながらも、わたくしの憂いは晴れない。心細くてたまらない。
 どんなにご寵愛をいただいても、資盛さまは今をときめく平家の若君なのである。中流貴族のわたくしでは、どうあがいても釣り合いがとれない。
 資盛さまも権門の公達の習いとして、いつかしかるべき清雅の家から正室をお迎えになるだろう。数にもならぬわたくしは、捨てられるか日陰の女子に納まるのがおちだ。
 それが分かり切っているから、辛くてたまらない。
 母上や乳母・萩女もわたくしを案じている。行方知らずの恋に惑うわたくしを、不安げに見ている。
 ましてや、親しくして下さっている方や、後宮に仕える同輩たちにも言えない。
 わたくしは肩身の狭い思いで過ごしている。

 ――あぁ、どうしてわたくしは儚い夢のなかに迷い込んでしまったのだろう……。

 暇をみて里帰りした夕暮れ、わたくしは夕時雨のなか茜に染まる西山を見ながらため息を吐いた。

 夕日うつる梢の色のしぐるるに 心もやがてかきくらすかな
(夕焼けからさっと曇ってしぐれるのを見るにつけ、わたくしのこころも如々にかき曇ってしまう)


 わたくしは頼りない気持ちを抱いていたが、わたくしに絡む糸はそれだけではなかった。
 資盛さまの問題に悩まされるあまり、もう一方の存在を失念していた。







 資盛さまが別の間で母を相手に箏を掻き鳴らしていらっしゃる間、わたくしは自室で筆の手摺いを行っていた。
 そんな時、萩女が忍びやかにわたくしに近づいてきた。

「あの、姫さま、御文が……」

 乳母の声音が尋常ではない。振り向くと、しきりに別の間を気にしていた。
 わたくしは尋ねる。

「どなたから?」
「……隆信さまからです」

 わたくしは瞠目する。――隆信さまから!?
 乳母も困った様子でわたくしに御文を手渡した。

「くれぐれも、資盛さまがおいでになる前に、目の届かぬ場所にしまっておいてくださいよ」

 ひそひそ声でそう言い残し、萩女は下がっていく。
 洒落た色目の御文を開くと、流れるような筆遣いで御歌がしたためられていた。

 うらやましいかなる風の情にか たくもの煙うちなびきけむ
(羨ましいことです。わたしには一向になびかなかったのに、あなたはどんな風の情けに惹かれてなびいてしまわれたのでしょう)

 哀のみ深くかくべきわれをおきて たれに心をかはすなるらむ
(誰よりも深く愛情を掛けてしかるべきわたしを差し置いて、あなたは誰と想いを交わされたのでしょう)

 あづまぢときくにぞいとどたのまるる あぶくま河に逢瀬ありやと
(あなたは以前わたしに対し、逢坂の関の彼方・東路にいるので、逢えないでしょうといいましたが、東路には阿武隈川がありますので、いつかわたしたちの逢瀬もかなうでしょう)

 わたくしは慌てて御文を文箱に仕舞い、せわしない動悸を押さえた。

 ――隆信さまは、わたくしが誰かを通わせていると、気付いていらっしゃる。
 その上で、まだわたくしのことを諦めていらっしゃらないのだ。

 わたくしは資盛さまとこうなる前、隆信さまに戯れで、

『わたくしは心弱くなるままに誰かを頼ろうとは思いません。
 あなたはわたくしが逢坂の関の向こうにいるから、逢うのが難しいと断念なさるかもしれませんね』

 と文に書いてお送りした。あの方とわたくしには埋まらぬ距離があると、牽制するつもりでしたためた。
 が、更に逢い難くなった今、「逢う」という名の付いた東国の阿武隈川に掛けて、まだわたくしを揺さ振ろうとなさるのか。
 わたくしは隆信さまの才の多さに惹かれ、憧れていた。その方と気軽に御文のやり取りができるのは楽しくて仕方なかった。
 でも、もう無理だ。わたくしは比類なき平家一門の公達・資盛さまの想われ人となったのだ。
 隆信さまとの交流を無くすのは、勿体ないことだと思う。正直、嫌われたくないという気持ちもある。
 わたくしが思い乱れ打ち沈んでいると、ひたひたと足音が近づいてきた。傍に迫った気配が、背後からわたくしを抱き締める。

「右京殿、わたしの箏を聴いていてくれましたか?」

 耳元に囁かれた声で、わたくしは我に返る。
 思わず大きく振り向いたわたくしに、資盛さまは首をお傾げになった。

「どうなされたのです?
 茫然自失といった有様ですね」
「え、いいえ……何でもありませんわ」

 わたくしは平静を装う。資盛さまはわたくしに異変がないと思ってくださったようだ。
 にこりと笑われ、資盛さまはわたくしを抱き上げられると、几帳の奥にしつらえられた伏臥に横たえられる。
 堅い手で衣を脱がされながら、わたくしは隆信さまにどうお返事しようか迷っていた。


 次の日、まだ夜が明け切らぬうちに資盛さまは帰ってお行きになった。
 肌に昨夜の名残が残っている。部屋のなかにも、あの方の薫りが漂っている。
 わたくしはまだ温もりが残る乱れた寝具に包まれながら、後朝の余韻を味わっていた。
 例え夢のごとき間柄でも、身体を重ねるたびに愛しさが募ってくる。
 はじめは流されるままの契りだった。が、今はえもいわれぬ陶酔と、資盛さまの優しさ、男らしさにこころを奪われていた。

 ――このまま、時が止まればいいのに……。

 夢見心地なわたくしの脳裏に、ふと隆信さまの御歌が蘇る。

 ――今まで細やかに交信してきたわたしを差し置いて、あなたは一体誰と契っているのです?

 斬り付けるような隆信さまの御歌に、わたくしはいてもたってもいられなくなった。
 上着を羽織ると、そのまま文台に向かい、料紙に歌を書き付ける。

 消えぬべき煙の末は浦風に なびきもせずてただよふものを
(わたくしが誰かになびいたと仰いますが、消えそうな煙のように、誰にもなびかずにいますのに……)

 人わかずあはれをかわすあだびとに 情しりても見えじとぞ思ふ
(誰の区別もなく情を交わす徒なあなたに、わたくしは情を見せないようにしようと思います)

 「あづまぢと……」の御歌にはあえて返歌せず、わたくしは筆を置いた。

 ――殿方を通わせているのに、気を持たせるような歌を書いてしまった。

 わたくしは文面を見ながら嘆息を吐いた。
 つまるところ、わたくしは深い関係は望んでいないのに、隆信さまを繋ぎ止めておきたいのだ。――わたくしは卑怯だろうか?
 首を振ると、わたくしは萩女を呼び、文を隆信さまに届けさせた。
 間を置かず、隆信さまから

「いずれ、必ず」

 との書き付けが返ってきた。







 わたくしが鬱々とこころ晴れぬまま五月となり、賀茂の祭が間近になってきた。
 各貴顕から中宮さまへ薬玉や菖蒲の献上があり、わたくしも仲の良い方々と菖蒲を贈答しあった。
 わたくしが自分の局の入り口に薬玉を下げていると、どこからか声が聞こえてきた。

「ねぇ、お聞きになりまして?」

 女房のうちの誰かだろう。数人が囁きあっている。

「資盛さまには、お通いになる女人がいらっしゃるそうですよ」

 どきりとし、わたくしは固まる。――まさか、もう資盛さまとわたくしの間柄が露されたの?
 が、聞こえてきたのは、違う内容だった。

「近江さんの局に入られるのを、淡路さんが見たのですって!」

 瞬時、血が凍ったような気がした。立ちすくむわたくしから、声が離れてゆく。

 ――資盛さまに、他に通う御方が?

 貴なる殿方が数多の女人に通われるのは世の常だから、いつかこのようなことが起こるとは思っていた。が、お通いを受けるようになってすぐとは……。

 ――こんなにすぐ、怖れていたことが起こるなんて。

 わたくしは局の奥に隠れ、啜り泣いた。


 局でしばらく泣いた後、同わたくしは見苦しくないよう形を整え、中宮さまの御前に侍っていた。
 藤壺の女房たちは、数日後に控えた賀茂の祭に浮き足立っている。この日は幾人か女房が里帰りし、賀茂の祭を見に行ったりしていた。
 わたくしは祭の日も宮に居続けるつもりでいる。
 局に戻り一休みしているとき、同僚の女房が顔を覗かせた。

「右京殿、御文を預かってまいりましたよ」

 どなたからだろう? と思いつつ、御文を受け取る。
 中を見てみると、隆信さまからだった。近ごろ隆信さまは、似絵の腕を買われて宮中に出入りされていらっしゃった。
 料紙には、こう記されていた。

 ゆくすゑを神にかけてもいのるかな あふひてふ名をあらましにして
(葵という縁起のよい祭の名を頼みにし、ふたりの行く末がうまくいくよう、神に願を掛けておきましょう)

 斎宮の御車を葵で飾ることから、賀茂の祭は葵祭といわれているが、隆信さまは葵を「逢う」に掛けてお祈りなされたというのだ。
 わたくしはその場で、お返しを紙に留める。

 もろかづらその名にかけていのるとも 神の心にうけじとぞ思ふ
(葵の名に掛けて逢うことをお祈りになろうとも、神様はお受けになっては下さらないと思いますよ)

 そうは言いつつも、こころの穴に寒風が吹き込む。

 ――いたずらな恋などすまいとこころに決めていたのに、惑ってしまったからこうなったのだ。
 殿方を頼みにしたのが、間違いだったのだ。

 女子がひとりの殿方を共有するのが世の習いであっても、わたくしにはとてもできそうにない。――苦しみたくなどない。
 が、既に苦しみの只中にあっては、致し方ない。このまま続けるか、諦めるしかないのだ。
 わたくしは吐息すると、侍女に隆信さまへの御文を託した。


 賀茂の祭があった夜、隣の局も静まり返り、わたくしは寝付けずにいた。
 女房達が退出して人少なな夜は、不安がいや増してくる。
 しばし天井を見つめていたが、寝返りを打ち、わたくしは目を瞑った。
 ――その時、衣擦れの音が秘かにし、灯明の火影が、御簾に影を映した。
 人の気配に、わたくしは身を硬くする。

「右京殿、わたしです、隆信です」

 聞き覚えのある声に、わたくしは飛び起き、声を出した。

「こ、こんな夜更けに、何の御用です?」

 怯えの入ったわたくしの言葉に構わず、隆信さまは御簾を掻き上げ、寝床を隠す几帳までいざり寄ってこられる。

「用など、決まっているではありませんか。
 賀茂の神が、わたしの願いを聞き届けて下さったのです」

 わたくしは目を見開き衾から逃げようとするが、隆信さまはすかさず手首を捕まれる。そのまま殿方の腕のなかに引き寄せられ、唇を奪われた。
 抗うことなどできなかった。数ある女子をものしてきた遊び男を前にして、わたくしは童のようなものだった。
 わたくしの肢体をほしいままにしながら、隆信さまは仰る。

「女子はいつも歌に嘘を詠み込む。誰にもなびいていないと言いながら、身体は既に男を知っているではないですか」

 慣れた男の愛撫に喘ぐわたくしの耳に、ねっとりと入ってきた声。思わずめまいがしそうになる。
 交わりが果てたあと、隆信さまはわたくしを抱き竦められた。

「……あなたとわたしがこうなるのは、神が定めた運命だったのですよ。
 誰かに先を越されても、関係ないのです。
 これからは歌だけでなく、身体でも語らっていきましょう」

 そう言って、隆信さまは再びわたくしをお抱きになられた。


 わたくしは心ならずも、ふたりの殿方を識ってしまった。
 こうはなるまいと思っていた女子に益々なっていくことに、わたくしは悔しさを噛み締めていた。


 こえぬればくやしかりけれ逢坂を 何ゆゑにかはふみはじめけむ
(どうしてわたくしは逢坂の関を越え許してしまったのだろう。そう思うとすべてが悔しくてたまらない)



つづく
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