徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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謎の日本古代史









 これは、所謂口伝の本をもとにして書いた歴史試論です。


 仮説なので、また考えが変わるかも……というのを前提に、お読み下さいませ。


「謎の出雲帝国」「正続・古伝で読む古代史」を購入して読みました。


「謎の出雲帝国」によると、出雲族の先祖はシュメール人で、「記紀」はシュメール語で読めるそうです。


 大国主神を代表する竜蛇トーテム族・出雲神族はアッカド系牛トーテム一族のスサノオやヒボコ、神武以下の天皇家に殺戮し続けられた一族で、大国主の子孫である人(今も綿々と続いているそうです)が口伝により出雲神族の屈辱と哀しみの歴史を記憶してきたそうです。


 出雲の最高神(というか、大首長)にクナトノ大神という人物がおり、4000年前に世界が氷に覆われ、難を避けたクナトノ大神が一族を率いて日本に渡って来た、とあります。


 出雲神族の伝承ではクナトノ大神とともに、もうひとり偉大な女酋長にアラハバキ(弁才天女・市杵島姫)がいました。


 伊勢内宮に纏わる伝承である「子持山縁起」に、伊勢内宮別宮・荒祭宮は「あらはばき姫」とありました。


 荒祭宮祭神は天照大神荒御魂神(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)、別名瀬織津姫です(倭姫命世紀より)。


 「正続・古伝で読む古代史」には、宇佐神宮の神奈備山である御許山にはじめに舞い降りた神が「撞賢木厳之御魂天疎向津媛(別名・大日霊女貴命)」である、とあります。


 アラハバキ神はよく大元神社に祀られていますので、関係があります。


 天疎向津姫のあとに、天御中主神直属の大神である天照大神に命じられた宗像三女神が御許山に降り、市杵島姫が宇佐津彦と神婚して宇佐津姫と名乗ったとあります。


 が、南から神武天皇(出雲神族の言い伝えでは七人代替わりしているらしいです。宇佐族の伝承でも大和に到着するまでの間に何人かの代替わりを要しています)が宇佐に侵攻し、服従した宇佐津彦が妻を差し出し、宇佐津姫は神武の妃になります。


 神武は宇佐には留まらず大和を目指し、宇佐津姫も伴われます。


 が、厳島に到着したときに宇佐津姫が死去、一年後に神武も死んだとあります。ふたりは厳島に葬られたそうです。


 さらに驚きだったのが、宇佐族は6000年前に日本に渡ってきていて、彼らが本拠にしたのは京都伏見の稲荷山・鞍馬山と貴船山、丹波の大江山らしいです。「因幡の白兎」の話は宇佐族の歴史の話で、大江山(元伊勢・皇大神宮)に居していた宇佐族のもとにワニ(和邇)族が巧い話を持って来、スッてしまった宇佐族は本拠を逐われ彷徨ったとあります。


 和邇族と関係があるのが丹後元伊勢・籠神社で、海部氏の枝分かれが和邇氏です。


 金星と関連がある六芒星が昔の神紋だった真名井神社と鞍馬山の金星の伝説は、真名井神社のある天香語山がもとは宇佐族のものだったとしたら、関連があるかもしれませんね。


 で、「正続・古伝が語る古代史」を読んだ感じでは、宇佐族は和邇氏をよく思っていない(過去の恨み?)みたいです(苦笑)。


 クナトノ大神のフェイクが猿田彦で、男根神であり道祖神、辻の神、幸神です。ヘルメス(バアル)と対応するのは、こちらかもしれません。


 クナトノ大神の別名は熊野大神(竜神よ、我に来たれ! より)です。


 わたしのカンでは、国常立神=クナトノ大神ではないかな、と思っています。


 そうすると、アラハバキ姫=瀬織津姫=市杵島姫=天鈿女神=弁財天でするする謎が解けますし(弁財天の本地垂迹は市杵島姫と天鈿女神)。


(……とはいったものの、系図や古伝の信憑性がいかばかりか、という疑問もあります。こんなに都合良くパラパラ解けてしまうのも、何だか……という気がしますし)




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