徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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とにかくでかい磐船神社……饒速日随想……






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の、磐船です。見た時に圧倒されました(^o^;;)。





昨日、「奈良・斑鳩1dayチケット」を購入し、地下鉄で大和西大寺、乗り換えて生駒駅まで出ました。


岩船神社に行くのに、大阪私市からのバスは少なく、生駒から北田原に向かうバスは一時間に一本あったので、こちらを利用しました。


北田原バス停から歩いて15分くらい(人によっては10分くらいかな?)かけて、磐船神社に到着しました。


が、それまでの徒歩の間、ろくすっぽ歩道がない国道をてくてく歩き、横をガンガン通るダンプカーにびびりっぱなしでした。歩くのにはかなりヘビーな道って感じでしたね(汗)。





天気予報では微妙な結果が出ましたが、昨日はとても天気がよく、これって……帽子がなかったらやばいなか……というくらいの日照りでした。





で、磐船神社。


磐船って、いわゆる磐座なんだけれど、とにかくデカい!


どどーーん! という感じで天に向かってそびえ立ち、迫力がありました。もう、見ている者からすれば、言葉が出ないという状態で。


これって……伝説では、もう一人の天孫である饒速日命が乗ってきたものなんですよね。個人的には、どでかい磐座、という印象ですが。





磐船神社のある交野は、饒速日が九州から天降りするときに随伴した天物部の一、肩野物部の本拠地です。彼らの九州での在所は肥後・片野川の辺りと、「古代物部氏と『先代旧事本紀』の謎(安本美典著 勉誠出版刊)」にあります。





饒速日命は高天原から東遷するとき、供俸する人々を連れ、河内国哮峰を通過し、大和・登美の白庭村に降り立ちます。饒速日命は大和の酋長であった長髄彦の妹・御炊屋姫と結婚し、姫を身籠らせます。


が、子の誕生を見ることなく死去、子が生まれる前に姫の夢に現われ子の名(宇摩志麻治命)を名付け、降臨するときに携えてきた天璽瑞宝(十種神宝)と十種神宝祓詞を授けます。これが、後々に神道の行法として必須の「ひふみ祓詞」になります。天璽瑞宝は石上神宮(奈良天理)・楯原神社(大阪平野)・玉置神社(奈良十津川)にあります(籠神社の奥津鏡・辺津鏡は関係あるのかな?)。


結局、神武天皇が東征したとき、宇摩志麻治命は神武と敵対する叔父・長髄彦を殺して足尼(すくね)・大夫(まえつぎみ)になります。





磐船は饒速日が通過した哮峰にあたるといい、生駒山を越えたところにある石切剣箭神社も饒速日・宇摩志麻治を祀っています。


饒速日が住居を置いた場所が矢田丘陵で、矢田坐久志玉比古神社があります。その近くには妃である御炊屋姫を祀った主人神社もあります。


で、この一帯を含め富雄になるのかな? 生駒山北にある饒速日山(太陽神を祀る神奈備山)が上宮で、大阪側の下宮(遥拝所)が石切剣箭神社、奈良側の下宮が、長弓寺境内にある現・伊邪諾神社であり、奈良市石木町にある登弥神社(式内社)です。


長弓寺の近くに、饒速日命の墓がある檜の窪山があります。


生駒一帯は、饒速日命の息吹が濃いですね。





ところで……わたしは、「先代旧事本紀」にはあやしい部分もある、と思っています。


天背男命がふたりいたり、天神玉命と天神魂命が同一神なのかそうでないのかややこしい、親子である天香語山命と天牟良雲命が並んで存在している(系図的には、天火明神(饒速日)ー天香語山命ー天牟良雲命。降臨した時、饒速日は老人で、天牟良雲命は幼齢か?? ついでに、天日神命が一緒にいるけれど、彼は天香語山命の祖父にあたる)、船長達の名前も似た者が多く紛らわしい、等他氏族の系図を詰め込んだか、この書物をやっつけ仕事的に造ったのかと疑問を持たせる混乱があります。





対馬県主祖・天日神命(対馬・阿麻氏留神社祭神)は、饒速日命の天上での妃である天道日女の父にあたりますが、彼の別名は天照御魂神です。この名称は、天火明神(饒速日)によく使われていますね。


対馬といえば天道信仰(日光感精神話)の本場で、幼い少女が日光によって孕み、それを怪しんだ親が彼女をうつろ船に乗せ海に流し、月満ちて少女は霊力を持つ天道法師を生んだ、とあります。


この神話は朝鮮半島から輸入されたもので、赤瑠姫(夫は太陽神? な天日矛)の出生神話のもとになっています。考えようによっては、丹塗り矢神婚伝説のルーツにもなるかもしれませんね。


天道信仰がある対馬の女神・天道日女……彼女は天日神命の娘ではなく、妻ではなかったか? ひいては、大日霊女=女神・天照大神(大比留女。大隅正八幡宮=鹿児島神宮に伝わる日光感精神話の女神)ではなかったか? それが、わたしの長年の確信です。





饒速日命(わたしのなかでは≠彦火明神≠天照国照神)は、物部氏の祖であったのか、それとも物部氏が奉ずる太陽神であったのか……この謎も、あります。これは、なかなか明かすのが難しいですが(汗)。





解けない謎は、面白いです(^_^)。




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