徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

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謎の出雲帝国―怨念の日本原住民氏・天孫一族に虐殺された出雲神族の怒り(吉田大洋著・徳間書店)

吉田大洋氏の出雲四部作(謎の出雲帝国―怨念の日本原住民氏・天孫一族に虐殺された出雲神族の怒り竜神よ、我に来たれ!―幸福を呼ぶ守護神の祭り方謎の弁才天女―福神の仮面をかぶった呪詛の神"和法"健康法―古代出雲の驚異)の第一弾です。


もう既に絶版本で、手に入りにくい本です。


俗にいう「トンデモ本」という枠に括ってしまえる本だと思います。


記紀がシュメール語で解読できることを発見された吉田大洋氏が、元サンケイ新聞編集局次長・富當雄氏にインタビューした内容と、自己の研究を織り交ぜて作られた本です。


富當雄氏は司馬遼太郎氏の先輩で、司馬氏も出雲神族の口伝の内容を富氏から聞いて、


「私もサンケイ新聞の記者だった時代、富さんは大先輩でね。出雲王朝の末裔だという話を聞いたことがあります。実証は不可能ですが・・・。」


と述べています。


(司馬遼太郎氏自身が言及された記事が、「歴史の中の日本」の一章「生きている出雲王朝」にあります。)








内容としては、


・約四千年前に、海の彼方から酋長・クナトノ大神に率いられて日本にやってきた竜トーテムの出雲神族が、出雲に帝国を築き上げたこと。


・出雲神族独自の葬祭――風葬・水葬等の文化。


・大国主神の子で、山の民(サンカ・ホアケ隼人・蝮部)の祖である火明神(≠饒速日)。


・出雲に攻めてきた牛トーテムのスサノオ・アメノヒボコによる凄惨な出雲神族虐殺。


・スパイだったアメノホヒ。


・存在しなかったアマテラスオオミカミ。


・オオクニヌシと子とシロヌシの悲劇の死。


・仲の悪い出雲(出雲神族)と石見(物部氏)。


・実は出雲神族の子孫であったナガスネヒコとノミ(トミ)ノスクネ。


など、新説が続々と出てきます。


「ここへ来ると、血が逆流する。2千年前、ここで私の祖先がッ……!」


「私の先祖は、侵略者の目の前で、抗議の自殺をしたんだ。ここでだ、ここで!」


出雲神族の語り部である富當雄氏は、徹底的に抹殺されてきた出雲神族の歴史を、親子相伝の口伝でもって伝えられました。


「文字は、ただの記号です。本当の感情を伝えることができるものは肉声しかない。しかも文章にして残せば、敵方に奪われ、迫害され、その記録を焼かれ、書きかえられてしまうおそれがある」


富氏の言葉から、歴史を語り伝えることの難しさと、口伝の在り方・真実が見えています。


この本に書かれていることが真実かどうかは別として、日本古代史の謎を解く試みをしている本は沢山ありますが、様々な説を読んだほうが、真実へと近づいていくことが出来るのではないでしょうか。
















ところで、本のなかで大国主神が天孫族によって「鵜鷺峠の洞窟」に幽閉され、そこで亡くなった(殺された? 憤死?)とありましたが、地図を見てみると「鵜峠」と「鷺峠」は別々にあります。


それぞれの地域に、それっぽい洞窟があるのかな……。


なんでも、吉田大洋氏がタクシーの運転手さんに「鵜鷺峠に」と指示したところ、


「行かないほうがいいですよ! あそこは幽霊が出るっていいますし!」


と運転手が固辞したとか。


鷺峠の近くになるのかな、「稲目洞窟」は黄泉の入り口という話があり、怪しいのはそこかも、と思っています(いや、ここだ! という目星が付けられる地元の方、よろしければ教えてくださいませ)。





気になるといったら、「私の大国主(だいこくさま)―古代出雲・国ゆずりの知られざる残酷物語」という本も気になる……。




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*Comment

 

富様のご家族が大社町に一時期住んでいらっしゃったことがあります。「鵜峠」には、銅鉱山が昔からあり、その洞窟(坑道)をオオクニヌシが幽閉されたところだという郷土史家の方の説があります。これからもよろしくお願いします。トラックバックありがとうございます。
  • posted by shigechanizumo 
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  • 2006.10/06 16:37分 
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>shigechanizumoさま

ようこそいらっしゃいませ♪。
それと、すごい情報、ありがとうございます!
鵜峠……そういえば、前にここから天青石(セレスタイト)が採れると、違うブログ(http://toukaen.fem.jp/kotoba/2005/05/post_21.html)に書いたことがありました。そのとき、出雲大社の奥にある鉱床だから、大国主命のセレスタイトだよ、欲しいなぁ♪ と喜んで書いていました。むちゃくちゃそのままですね(汗)。
それと、富氏のご家族の情報も、ありがとうございました。
また、色々教えてくださいませm(_ _)m。
  • posted by 長谷川彰子 
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  • 2006.10/06 16:59分 
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続きですが、オオクニヌシのことを「大穴持命」とも呼びますが、大穴とは、その鵜峠の坑道を指しており、その銅山で採れる銅鉱を使って、あの大量の銅剣を作ったともされています。また、私が小学生の頃そこへ黄銅鉱を採りに行って、大きさを自慢しあったものです。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/09 11:00分 
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>しげちゃんさん
>大穴持命
オオクニヌシの別名に、そういう意味があったんですか!
よく大汝とかいうふうにも表記されますが、「おおきいあんた」って……と頭を抱えていました。
が、鵜峠と荒神谷の大量銅剣と大穴持命の名に繋がりがあったとは、新発見です。
そこからも、色々探れそうですね。
ありがとうございます。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 1970.01/01 09:00分 
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実は、鵜峠鉱山のある北山山系は、美保関に至るまで「自然銅」の宝庫だったといわれています。自然銅とは、純度98%くらいの銅鉱石で、溶かせばほとんどすぐに金属器が作れるものだそうです。人の頭から胴体ぐらいの大きさの自然銅が、ごろごろと露頭していたそうです。北山線形の自然銅はもう一度見直されても良いかもしれません。
  • posted by shigechanizumo 
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  • 2006.10/10 09:40分 
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>北山山系の自然銅
う~~ん、全国的な銅鉱山の割合は解りませんが(汗)、出雲の北山山系が稀に見る銅の鉱床なら、大和朝廷に付け狙われてもおかしくないと思います。
鏡による祭祀や武器の製造など、喉から手が出るほど需要がありそうですし。
となると、大和朝廷による徹底的な出雲弾圧も理解できそうですね。
いつも好い情報、ありがとうございますm(_ _)m。
  • posted by 長谷川彰子 
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  • 2006.10/10 13:45分 
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ところで、銅と蛇は深い関係にあるということです。銅や銀が取れるところは、シダ類が生えているということがひとつの目安だそうです。確かに、出雲大社の裏山や鵜峠鉱山、そして山を東に越えた平田の鰐淵鉱山あたりは、ジメジメとした岩肌にびっしりとシダが生えています。そしてその水気に多くの蛇が集まるそうです。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/11 09:10分 
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そういえば、あるサイト様を見ていたとき、出雲大社裏の滝に行こうとしたところ、「マムシが出るから、行かないほうがいいよ!」とありましたね。
吉田大洋氏の著作に、「竜蛇と人を害する蛇(くちなわ)は区別している。くちなわは見つけたらどんどん殺し、それ専用の職人(蝮部)もいる」とありました。
わざわざそう書かれているから、何かあるのかな、と思っていました。
ということは、他の地域でも、シダや湿気の多い、蝮が繁殖している場所は、その可能性が高い、ということですかね。
  • posted by ashetora 
  • URL 
  • 2006.10/11 13:24分 
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出雲大社の裏山は今は八雲山と呼んでいましたが、昔は、蛇山と呼ばれていました。ご指摘の滝は、八雲滝ですが、雨季になるとその滝には、蛇がボロボロ落ちてくるといったこともあるそうです。また、松江市の国史跡の田和山遺跡は、マムシの棲みかで、人々が近づかず、そのおかげで貴重な遺跡が最近の発見まで守られていたそうです。出雲大社と同じ九本柱の柱穴が見つかり、古代の祭祀場だったのではといわれています。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/11 16:51分 
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へぇ! 八雲山って昔は蛇山って呼んでたんですか。
なんか、出雲って蛇が多いイメージが出来ました(汗)。
以外と、蛇が多いところを狙って何かを隠したかもしれませんが……。
田和山遺跡って、NHKの「古代幻視紀行」で安彦良和氏が探訪されていた遺跡ですね。あのときはここと青谷上寺地遺跡が紹介されていました。
大社型社殿の古い類型なので(少なくとも、弥生時代までは遡れますか)、注目される遺跡ですよね。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2006.10/12 14:20分 
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富さんもそうですが、出雲には、トミに関する苗字が多いのです。富田、富村、富川、富山、富岡などです。さらにトビとして石飛、飛田、また、戸田、戸山、戸谷、鳥谷、鳥屋尾、鳥屋原などです。これらは、ナガスネヒコ、トミヒコといったところから来た、「トミ・トビ=蛇」を起源とするものではないでしょうか。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/13 09:13分 
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>富姓
出雲の地図を見てみましたが、地名にも富がつくものが多いですね。
松江に乃木福富町と中海近くの福富町、
広瀬の富田(月山富田城のところ)はいつ付けられたものか解りませんが……、
あと伯太の須山福富、
斐川町の富村(ここに富氏縁の富神社があるのかな?)と福富、斐川町に近い平田市の国富町を見つけられました。
「富」のつく姓もそうですが、「富」がつく地名も原出雲に係わるのかな……と思いました。
  • posted by 長谷川彰子 
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  • 1970.01/01 09:00分 
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>富(とび)=蛇
ふと思ったんですが、大和の三輪山を祭司したのは長髄彦(この名って賤称っぽいですよね)だったかもしれませんね。
桜井には鳥見山もありますし。
吉田大洋氏の「竜神よ、我に来たれ!」に、籠神社の祭神は出雲大神(クナトノ神)だとありましたが、籠神社先宮司・海部穀貞著「元初の最高神と大和朝廷の元始」には、火明神(大国主神の子)の孫である天牟羅雲命が葛城に移動したとありました。
事代主神の子孫である長髄彦と、火明神の子孫が同時期に大和にいた可能性はありますね。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 1970.01/01 09:00分 
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吉野裕子先生は、島根半島のウネウネと続く山並みを、蛇体になぞらえておられます。さらに、簸伊川のクネクネとした流れも蛇を連想させます。また、夏や冬には、雷が多く、その雷光も蛇を連想させます。また、私たちは、小さい頃山に入るときいつも注意をされたのが、マムシとハゼの木でした。そして、川を何匹もの蛇が渡る姿や、海中に極彩色の海蛇がいたというシーンによく遭遇しました。こうした、視覚や原体験に近い民俗的な心象も、出雲と蛇に関係するのではないでしょうか。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/14 11:10分 
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長々と投稿を続けてごめんなさい。最後にもうひとつ。富氏は出雲井神社と関係するといわれていますが、真名井も近くにあります。「井」は、地下から天に通じる道、穴・あるいは天の通り道、穴とも言われています。そして、その井戸は、天の穴=星を写す穴とも言われています。シュメールは天祭、特に星祭があったのではないでしょうか。出雲で最後に迫害されたのは、いつまでも反抗を続けた星神様ですが、何か関係するのでしょうか。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.10/14 17:03分 
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>出雲と蛇
確かに、出雲大社の山並みは龍脈っぽいですね。
あと、出雲と関係ある若狭遠敷・鞍馬・貴船に御所・春日大社・石上神宮・大神神社・天河大弁財天社・熊野は龍脈で繋がっています。
出雲の女首長である弁財天(アラハバキ)は竜女ですが、シュメールではイナンナ、ペルシャではアナヒーター、インドではサラスヴァティです。
古代の地母神は竜神ですが、女系相続であったといわれている出雲神族はそれと何か関係があるのでしょうか……。
出雲神族はシュメールから渡来し、アラハバキと繋がりがありそうな地母神は、性秘儀を扱う豊穣多産の女神です。アラハバキ(女陰)とは率直すぎる名前というか。
もちろん、古代出雲人がすべて女系相続とは限りませんが(^o^;。
でも、実際の蛇との関わりが由来かもしれません。竜蛇さまを見たことはありませんが、神々しそうですね。


>井
大和朝廷に弾圧された星神は、別名は天香々背男神である天津甕星神ですね。
天香々背男という名は蛇神っぽいですね。天津甕星の名と大物主奇甕玉命の名は関連ありそうな。
「井」……連想では水という感じがしますが……。
出雲井神社のご祭神は岐大神で、籠神社奥宮・真名井神社のご祭神は国常立神。両神はごろが近いですね。吉田大洋氏によると、真名井神社の隠れ祭神は出雲大神で、本殿の裏に熊野大神(岐大神)が祭られています。
ちょっとトンデモちっくな、サンカの子孫の月海黄樹氏は、真名井神社にはマナの壺が祭られていたといいます。最近は、籠神社もそう言い始めているのそうなので、ホンマかいな?! ですが(汗)。
壺は穴とも言い換えられますね。
下品な話ですが、壺や穴は女性生殖器の比喩にも使われます(笑)。
兵庫県龍野にある「井関三神社」のご祭神は瀬織津姫(もうひとりは饒速日命)で、別名アラハバキ姫、弁財天です。水の女神ですね。

他の用例があったら、もう少し解るかもしれませんが、ちょっとお手上げです(;^_^A。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2006.10/14 23:56分 
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蛇ついでに、もう少し。ご存知でしょうが、加賀の潜戸は、先般ご旅行されたところですが、地元の人は「カカ」と呼び、蛇のことだといっています。そこで生まれた神様は、佐太神社に祀られており、そこがまた、「佐太の水海」に近く、そこの田んぼは蛇だらけです。出雲大社カントリーゴルフ場は、蛇池という大きな池を巡ってコースが造られており、ホールに蛇がいたり、ホールに手を入れたらボールでなくて蛇を取り出したという話がつきません。やっぱり出雲は蛇です。
  • posted by shigechanizumo 
  • URL 
  • 2006.11/04 16:27分 
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あぁ、「カカ」だから「加賀」なんですね。佐太神社は去年行きましたが、そこの辺りも「蛇の住処」ですか。出雲神話と蛇……八俣大蛇も、隠れた意味を見たほうがよさそうですね。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2006.11/04 16:40分 
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