徒然草紙~神社とか小説とか~

神社仏閣巡り・小説・歴史考察・石談義など、ごった煮ブログです。ちょっとトンデル時もあります(笑)。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

西大寺の如意輪観音像






 今日は奈良の西大寺に行ってきました。


 現在、西大寺では寺宝の展示が行われていて、そのなかの「娶宝館」に真井御前と繋がりがある如意輪観音があるとウェブで知って、見に行きたいと思ったからです。


 ……が、この仏像、鎌倉時代に造られたもののようです。


 しかし、説明板のようなものを前に設けてあって、確かに真井御前に関することが書かれていました。


 正確には覚えていないのでなんですが、


 帝の妃であった真井御前が何故宮中を抜け出て甲山に入ったのだろう?


 そのこころに、大師に対する真井御前の狂おしい女心が見える。


 そんな真井御前に、大師は清楚で欲心を感じられない如意輪観音を彫って与え、(この御仏のように)女身を捨て清らかな身になれ、と説いた。


 という風にありました(間違ってたらすいません。汗)。


 が、西大寺にある如意輪観音像はどう考えても真井御前と関係なく、後世の作です。


 じゃあ何でか? と考えたら、お寺の関係者の方が神呪寺の如意輪観音像を見たか、如意輪観音=真井御前という所見で書いたかだろうな、と思いました。


 にしても……籠神社や神呪寺にある真井御前の伝記から察するに、彼女は大した女性だと思いますよ。


 平安時代初期の温室育ちのお姫様が、後宮でいじめられたり帝から偏執に近い寵愛を受けたからといって、京都から西宮までという長距離を侍女二人だけで移動するかな? と。


 空海恋しいから都とも高野山とも違う山奥に行くなんて、なんか話ズレてない? みたいな。


 空海が恋しいなら都に留まるか高野山に近い天野や学文路あたりにいるんじゃないかなぁ、と思いました。


 海部の娘だから船には慣れていたかもしれませんが、都から女だけで三日も掛けて行こうなんて、よほど期するものがあったのだと思います。


 逆にそういう抜群な行動力があったから、男どもの反対を押し切って大峰奥駈けをやったという伝説も、妙に信憑性があるというか。





 ……まぁ、真井御前を書いている者の贔屓かもしれませんけれどね(^_^;)。 


 




スポンサーサイト

*Comment

 

長谷川さん、翌檜です。真井御前を書いている人の贔屓の贔屓倒しですよ。(爆)
  • posted by 翌檜 
  • URL 
  • 2006.11/06 13:05分 
  • [Edit]

 

そうですか?(爆)
でも、昔の女性は強かったですよ。家を継ぐのは女(家刀自)ですし。女の権力は凄まじかったです。
真井御前が海部氏の正統を受け継ぐ巫女姫だというのはわたしの想像(妄想)ですが、家刀自は家の巫女として家の神を祀り、夫や子を守護していました。
この頃はまだ奈良時代の伝統を受け継いでいると思います。
  • posted by 長谷川彰子 
  • URL 
  • 2006.11/06 18:57分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

*Trackback

トラックバックURL
http://ashera.blog105.fc2.com/tb.php/93-2beeafca

右サイドメニュー

BlogPet

ブログ内検索

ぶろぐにゃんこ

マウスでクリックしたり、ドラッグして顎の下を撫でて上げて下さい。ごろごろ鳴きますvv。

クリック募金

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。